俳優をしていると
期待されたり
失望されたり
ときに
殊更に
愛されたり
ときに
殊更に
嫉まれたり
蔑まれたり
欲望の眼差し
や
羨望の眼差し
や
軽蔑の眼差しを
受け止める。
それってとても
忙しい。
これをすべて受けてしまうと
とても正気ではいられない。
だから
他人を察さない。
察したところで
どうするかを決めるのは
結局
私だから
むしろ
自分がその人をどう思っているかを
微細に察する力の方が
遥かに重要になってくる
そんな風に思っています。
俳優をしていると
期待されたり
失望されたり
ときに
殊更に
愛されたり
ときに
殊更に
嫉まれたり
蔑まれたり
欲望の眼差し
や
羨望の眼差し
や
軽蔑の眼差しを
受け止める。
それってとても
忙しい。
これをすべて受けてしまうと
とても正気ではいられない。
だから
他人を察さない。
察したところで
どうするかを決めるのは
結局
私だから
むしろ
自分がその人をどう思っているかを
微細に察する力の方が
遥かに重要になってくる
そんな風に思っています。
9月にリーディングに出演いたします!
9月8日月曜日19:00~の夜1回っきりの公演です。
前回は「グローバル・ベイビー・ファクトリー」という作品で
代理母出産を経て
赤ちゃんを授かる女性の役でしたが、
今回は
私はクミちゃんという女子高生と
ジョンヨンという大学生の男の子
二人の子供を持つのお母さんを読みます。
子供たちの幸せを願いながら、
革命に身を投じる息子を持ってしまった母親。
ちょっと今までにない
田舎のおばちゃん感が満載の役どころ
頑張りたいと思います。
応援しに来てくれたら嬉しいです。
チケットのご予約はこちら
2月の舞台でしたが
忙しさのあまり
振り返れてなかったこの役
やっと今
山にも行ったりして
数か月ぶりに
スッキリ
ハッキリ
頭がしてきたので
ここで振り返って
手放していきたいなと
思います。
そう
私のこのあとがきシリーズ
役を手放す
という行為の一環だったりするのかもしれません。
それに、もうこれ以降この役を
観客と一緒に発展させることも叶わないから
忘備録
でもあるのかもしれません。
千枝子ちゃんは
女性という「シンボル」として登場し
中盤はシンボルから脱して一人の「人間」として生き
終盤は人間ではなく「太陽の魔女」となる
という組み立て方をしました。
面白かったのは
彼女の描かれ方と
彼女自身の欲求が
構造と一致しているという点でした。
夫の溝口健二のミューズとしてダンスを捨て、
「シンボル」化しようとする千枝子
第一声も、登場の仕方も
日傘で顔を隠し
名乗るまで顔を見せない
「個人」ではなく作家の書く「女」を
体現しようと努めたシーンでした。
嫉妬深く、嘘つきで、それでいてどこか可愛い。
そんな「女」が好きなのね
なんて
思っていましたが
こんな単純な女性は稀だけどな
なんて個人的には思ってしまったり(笑)。
なかなか私自身、
男性作家の求める「女」に
ここぞとばかりに当てはめる方向で創るの
葛藤激しかったな(笑)。
そして次は夫の健ちゃんの支配から逃れようと
彼女個人の「自分自身」として「愛」を求める
人間らしいシーンへと続いていきます。
健ちゃんに「女」というシンボルとしてではなく
「私自身」を愛して尊重して欲しい
初手で構築してしまった関係性からの脱却を目指して
彼女はもがき苦しみ足掻いていく。
学生さんと浮気してみたりして(笑)
そしてそれが叶わなかったとき
彼女は別の世界へ飛んでいってしまう。
「狂気」を演じるより
彼女の安全で楽しい「世界」を
創ることを課題としました。
勿論
当時の世界情勢・時間経過・空間の移動
やらなくちゃいけないことは
盛りだくさんでしたが
「太陽の魔女」の「世界」を
純度高く体現することに
心血を注いだのでした。
バルコニーのシーンはとても楽しかったな。
「飛び降りるんじゃないかとはらはらした」
って観に来たお友達の
何人かに言われて
そんな気はなかったけど
それも面白そうだな
と思ってしまいました。
この役は本当に面白かった。
出てるどのシーンも
「同じ千枝子」
ではないんです。
目まぐるしく
人物を変化させながら
一人の人物を積み重ねる
という意味では
前半しか出てない割に
やること盛沢山でした(笑)。
歌と
踊り
も披露して(笑)
ニューヨークで演技の勉強をしてた頃に
週2コマ取っていた
歌のクラスと
ダンスのクラスで学んだことが
今になって活きるとは!
でもやはり
舞台で
歌う・踊るは初めてだったので
何度も何度も
繰り返し稽古しました。
初めてのことをたくさん
経験をさせてもらった。
そんな舞台でした。
この半年間は
二年間に匹敵する。
そんな経験でした。
目まぐるしく
色々な女性を演じました
それぞれの女性の
テーマとなる欲望や
無意識下にある
願望を掘り起こして
本音はほんの一瞬で
でもずっと通底している。
なんてことをしていると
楽しいのだけど
毒が溜まるんです。
いつもは1公演ごとに
インターバルの間に
山へ行ったり
映画を観たり
お散歩したりして
毒だし出来るのだけど
この半年は
そんな時間もなくて
毒を食らい続けた
そんな半年でした。
やっと今
毒を
抜きにかかれます。
どれだけ自家中毒を起こしていたか
抜きにかかってみて
初めて気づきました。
しばらくは
そんな私に耐えていてくれた
身近な人を
大事にする時間を過ごしたいなと
思います。
そして、新たな出会いの時期
できれば心をピカピカにして
いろんな人と出会いたい。
この役は
本当にもう
精神構造を理解するのに
四苦八苦しました(笑)。
決して
ただのお人よしでは済ませられない
何か
人間臭さのある
そんな聖母
だけど
マリアを聖母たらしめる
イエスという子供は欠落してるんです。
そう
彼女には多くの欠落がある。
だからなのか
彼女の実像をどこに置くかで
人物像がガラリと変わってしまう。
そんな
「幅」のある人物
私は
彼女の物語を読んで
「幸福な王子様」オスカー・ワイルド
を思いました。
人を悼むあまり
身を亡ぼすほどの「献身」をしてしまう
宝石を施された
金ぴかの王子様の像。
動けない王子さまは
ツバメに
宝石や
金箔を
困ってる人に届けさせる。
ツバメは
南の国へと渡らなければならないのに
王子様が気になって
その「献身」の手となり足となり
最終的には
南下しそびれて
凍え死んでしまう。
持っているものをすべて与えてしまった
みすぼらしくなった王子様は
そのみすぼらしさ故に
捨てられてしまう。
そんなお話。
私はマリアはずっと王子様だと思って稽古してましたが
劇場に入ってから
マリアはツバメの方なんじゃないかな?と思い始めました。
王子さまは夫のマルの方だったのでは?と。
ツバメの「献身」の仕方は
王子様のルビーの目をえぐり
金の皮膚をはがして
困ってる人に届けるというものなんです。
「献身」とは?
「愛」とは?
私は利己的な人間を演じることが多いので(笑)
なかなか無いテーマにドキドキしながら
挑みました。
「今までにない役どころでしたね」
という人もいれば
「美千子さんそのまんまだったね」
という人も。
どう受け取ってもらえたのか
私には想像もつきません(笑)。
ふと最近、いろいろな役が手元に来るなぁと
それが全く違う女性たちなので
面白いなぁと
思う今日この頃です。
まだ
お部屋が片付けられていない。
誰か
片付けて欲しい。
なあんにも
できてない
途方に暮れています。
その日の正気でいられる時間に
パパッとやらなければならないことを済ませて
あとは
野となり
山となる
そんな日々を
自堕落な日々を
許して
みてきました!!
もう、
私、日本人で良かった!
なんて
思ってしまいました(笑)。
個人的には
演劇×歌舞伎
の要素に
キュンキュンしました。
そう
命を燃やす場所は
元から手にしている幸せ者
もいるけれど
そうでなければ
自分で手にしなければならないのです!
場所がなければ
自分の焔にじわじわと
いぶされ
焦がされ
魂が
心が
浸食されてしまうのです。
俳優が素晴らしい
主演の二人は勿論だけど
わたしは
田中泯さんが
好きなんだろうなぁ。
もう、たまらん。
「人が死ぬときは雪が降る」
と言ってた演出家がいたけれど
そうか、
あれは歌舞伎のことだったんだぁ
と
今更ながら
ハッとする思いでした。
日本人の感性は
雪に人の死をのせたり
直接本人に執念をぶつけるのではなく
間接的に
想いを聞かせる
そんな
儚さ
慎ましさ
美しさ
のある
情念や
血反吐の
描き方をするのね。
とても勉強になりました。
どこかで
日本人的な表現の
お手本にしよう
と思ったのでした。
そして
歌舞伎を観に行きたい!!
そう思いました。
無事終演しました!
新宿シアタートップスまで
足をお運びくださった皆様
ありがとうございました!
最後まで
本当に最後まで
足掻いた
そんな公演でした。
舞台に立って皆の芝居を観るたびに
立ち上げられた世界を観るたびに
毎回違った解釈が心をよぎる
話を聞くと
薔薇さんたちも
それぞれ全然違った解釈を持っていて
面白かったな(笑)。
だから
後半のハイライトは
マリアの中では
毎回、違ってくる。
そんな公演でした。
「全てを理解しようとせず
理解しないままやって欲しい」
とは演出家の言葉
だからこんなことが
起こるんだぁ。
と、不思議な感覚でした。
そう、寓話の中に
私たちは個人の物語を投影する。
そんな
作品として伝わっていたらいいなと
思います。
理解したり、解釈したり、意味を見出すことは
ただ、俳優が安心したいだけの
余計なものな場合もあるんだなぁ
なんて
思ったのでした。
いつもはかなりの時間をそれに費やすのだけど(笑)。
そんなだから
公演の始まりには
どうにもできないことに
不安を毎回感じながら
えいや!と
扉を開けていました。
そして
終わりには
こちらを見つめるお客様
に
物語を語ることで
愛を返す。
そんなことをしていました。
『リア!リア!リア!』
昨夜、無事に初日が開きました!
そして今夜も
チームノクターンの初日です!
作:弓月玲
演出:柳本順也
スケジュール
6月4日[水] 19:00 【A】
6月5日[木] 19:00 【N】
6月6日[金] 14:00 【A】 19:00 【N】
6月7日[土] 13:00 【N】 18:00 【A】
6月8日[日] 12:30 【A】 16:30 【N】
受付開始は開演の45分前、開場は開演の30分前です。
チケットのご予約は
【J‐stage】
2時間ずっと舞台に立って
一人のキャラクターで
他の俳優達と芝居することは
本当に
予測不可能な旅を
毎回毎回しているようなものだなぁと
M0の後の静けさの中で
いつも思います。
昨日出した一つの結果ことは
全部忘れて
出来れば
覚えたセリフも
本当は全部忘れてしまいたい(笑)
今日はまた違う道程があるんだろうなと
一人静かに
ハートに火をつけて
扉を開けています。
本当に文字通り
重たい扉を
開けています(笑)。
公演は6月8日(日)まで。
新宿シアタートップスで
お待ちしております!
『リア!リア!リア!』
本当にまもなく開幕です!
【詳細】
2025年6月4日~6月8日
新宿シアタートップス
一般前売り 5000円/一般当日 5500円
U22 3000円(当日身分証明書提示)
作:弓月玲
演出:柳本順也
スケジュール
6月4日[水] 19:00 【A】
6月5日[木] 19:00 【N】
6月6日[金] 14:00 【A】 19:00 【N】
6月7日[土] 13:00 【N】 18:00 【A】
6月8日[日] 12:30 【A】 16:30 【N】
受付開始は開演の45分前、開場は開演の30分前です。
チケットのご予約は
【こりっち】
https://ticket.corich.jp/apply/369134/021/
【J‐stage】
私は去年の「ANGERSWING」と同様
二つの世界をつなぐ役割として
舞台に出ています。
応援しに来て頂けたら嬉しいです!
私は絵本作家のマリアという役を演じます。
マリアを演じていると不思議と昔読んでいた童話や神話を随所に思い出します。
「ノアの箱舟」(創世記・旧約聖書)
「不思議の国のアリス」(ルイス・キャロル)
「北風と太陽」(イソップ物語)
「世界一バカな旅人」(※フルーツバスケット)
「幸福な王子様」(オスカー・ワイルド)
などなど・・・・。
きっと観に来てくれたお客様も
子どもの頃に読んだ物語の原風景の
イメージを広げながら
一緒に物語を旅できる作品だと思っています。
絵本や童話は
大人から子供への最初のプレゼントだから
時代を超えて残っている物語には
子供たちがこの世界をより良く生きるための
「ヒント」が
潜んでいるんじゃないのかなと思っています。
私はそんな物語の力を借りて
マリアとして
愛の在りかを探す旅を
稽古場で、そして劇場で
しています。
終った時には
もう
色々なものが
カラカラ
という(笑)!!
是非!おいでください!
『旅するワーニャおじさん』終演から息つく暇なく
劇団Q⁺『リア!リア!リア!』の現場にいます!
みんなは『旅するワーニャおじさん』の公演期間中に稽古を始めており、
私は1週間遅れての合流となりました。
私はマリアという絵本作家の役を演じます。
若いエネルギーに満ちた現場です。
私も初心に戻ったつもりで
毎日稽古
それからセリフに向き合う日々です。
去年の12月から
『女性映画監督第一号』
『旅するワーニャおじさん』
と息つく暇なく公演が続いていますが。
稽古前の準備期間という意味では
今回は準備期間を取れずに突入してます。
みんなに迷惑かけないように
ガシガシ
頑張らなきゃ。
是非!若いエネルギー溢れる舞台!
観に来て頂けたら嬉しいです!
6月4日(水) 19:00~
6月5日(木) 19:00~
6月6日(金) 14:00~
6月6日(金) 19:00~
6月7日(土) 13:00~
6月7日(土) 18:00~
6月8日(日) 12:30~
6月8日(日) 16:30~
チケットはこちらから
決まっていつも元旦に願うことがあるんです。
家族の幸せと
演劇でのご縁
一緒に作品を作れる運命の人と出会えますように。
そんなことを願っています。
そして
いつの間にか
それが少し叶っていることに気づくんです。
「私の目の前に広がっているのはキャリアではなく人生だ」
これは
ティルダ・スウィントン
の言葉。
こんな風に生きられたらどんなに素敵だろう。
彼女は
10年や20年をかけて
信頼関係を培った監督と作品を作り
そのプロデューサーまでしてしまう。
作品は
あくまでもその信頼関係や
友情の結果だ。
と。
言える人。
女優でもあり
作品を世の中に送り出せる人でもあるんです。
私は密かに
彼女に憧れています。
そんな運命の人たちとの出会いを待ちわびています。
運命の人って
信頼関係を結んで
作品をお互いにリスペクトしながら創れる人だけでなく
私にとっては
厄介
と思える人もそうだったりします。
意地悪にかけられた言葉のなかに
ハッとしたひらめきや
自分でも思いもよらなかった
可能性
や
戒めが
潜んでいたりするから
やはり
彼らも運命の人なんです。
それ以降の私の人生を変えてしまうような
言葉を
くれる人たち。
だからあまり
食わず嫌いをせずに
人を求めるのも
悪くないんじゃないかな?
と思う
今日この頃です。